中学校を美術館にしよう
とがびアートプロジェクト(戸倉上山田びじゅつ中学校)の3年間
千曲市立戸倉上山田中学校
美術科教諭 中 平 千 尋
1 アートファンを増やそう!
「中学校を美術館にして、アートで占領したらどんなに痛快だろう」私は教師になって10年間、ずっとそんな夢を持っていた。美術館やギャラリーで見られる素晴らしい作品群を生徒に鑑賞してもらい、美術を少しでも身近に感じてもらいたいという想いからである。
二学期制を敷く本校独自の学期間休業を利用し、二日間だけ「戸倉上山田びじゅつ中学校」は一般公開された。一回目1132人、二回目715人、三回目820人の入場者があり、三年間で2600人以上の入場者数を数えた。校内所狭しと展示された、生徒や作家の作品群への感動を声だけでなく、多くの入場者の感想は「中学生の生き生きとした取り組みに感動しました」と中学生への感想が多かった。それを読んだ中学生は、他では得られない充実感や達成感を感じている。「自分達はすごいことをした」「素晴らしい作品を見た」と実感できる経験は、生徒たちにとって一生忘れられない思い出になるはずだ。生徒がいつか大人になった時、この自己肯定感を思い出してくれれば幸いである。
現在、中学校美術の必修授業は3年間で115時間しかない。その短い時間の中で、どうやって美術の楽しさを伝えていったらよいのか。美術教師一人が奮闘し、授業の中で学芸員役や画家役となり、生徒に美術の楽しさを教えることは、マルチな実力を持った教師は可能だろう。しかし、私を含め、多くの教員は、一人三役のような離れ業は不可能である。ならば美術教師は自分の授業の中で美術の楽しさを感じさせる入口まで生徒を連れて行き、専門家によって本物の美術を生徒の目の前に見せる環境作りを行えば良いのではないか。つまり、あくまで美術教師は、美術の案内役や宣教師役となり、世の中に存在する美術関係者に協力して頂いて、生徒に本物の芸術作品を見せるという発想が、現代の美術教育の考え方に適していると私は思うのである。
学校を美術館に変えようというアイデアが実現した大きな要因は、長野県信濃美術館長・松本猛氏、学芸員・伊藤羊子氏と出会ったことである。両氏は、私の破天荒なプランに常に共感し理解してくださった。長野県信濃美術館との出会いがなければ、「とがびプロジェクト」は実現していなかったと感じている。東山魁夷のリトグラフを貸してくださったことが、私に大いなる勇気を与えてくれた。長野県信濃美術館の後押しにより、とがびプロジェクトは動き始めたのである。
2 第一回戸倉上山田びじゅつ中学校2004
(1)中学校を美術館にしよう
平成16年10月9日・10日の二日間、千曲市立戸倉上山田中学校で学校全体を美術館に変身させる試み「戸倉上山田びじゅつ中学校」が行われた。これは1年1組と2組の生徒が実行委員会を組織し、総合的な学習の時間に取り組んできた活動である。このプロジェクトの呼びかけに参加したのは、長野県信濃美術館、県内作家12人、県外作家(東京、神奈川、大阪、京都、仙台、インドネシア)15人。昨年度本校卒業生作家4名、本校3学年選択美術受講生徒60人である。予想外に大規模になってしまったこの企画であるが、計画・運営・準備をしたのは、1年1組2組の「キッズ学芸員」であった。台風22号が直撃したにもかかわらず、二日間で1131人の来場者があり、それぞれが、美術作品に触れ感動して帰って行った。また、そのほとんどの方がキッズ学芸員の真剣な取り組みを激賞してくださった。生徒にとって苦労も感動もあった半年間の取り組みを振り返ってみたいと思う。
(2)「東山魁夷の絵を教室に貸してください!」
4月、私は「美術で総合的な学習をやります」と生徒や保護者に宣言した。反応は意外と良く(まさか、ここまでの取り組みになるとは誰も思っていなかった!)総合的な学習を進めることになった。
5月、総合的な学習の時間を使って長野県信濃美術館を訪れ、東山魁夷の絵を鑑賞した。美術館がどうなっているのか、美術館には何があるのかを知ろうという目的と、更に長野県ゆかりの作家の絵をとがびプロジェクトでは是非飾り、多くの人の見に来て頂こうと考えたからである。「え?東山魁夷の絵を教室に飾る?」とびっくりしたが、生徒は簡単に借りられると考えたようで、美術館の館長さんに直接交渉してみようということになった。生徒全員が松本猛館長のいらっしゃる館長室へ通され、緊張した面持ちで、実行委員長の生徒が「とがびプロジェクトを計画していて、東山魁夷さんの絵を飾りたいので、貸して頂けませんか?」と尋ねた。館長さんは終始にこやかに「このプロジェクトはとても面白いので貸してあげたいが、日本画は貸せない。展示環境が整い、もう少しなぜ借りたいのか根拠をはっきりさせられたらリトグラフなら貸しても良い」と答えてくださった。それから、東山魁夷をお借りするための地元リサーチ活動「どの魁夷が好きですか?」アンケート調査が始まった。アンケートには地元の方935人が答えてくださった。
(3)と・が・び!
今回のプロジェクトの大きな目的の一つは「生徒が様々な人々と交流し、自分の考えなどを他者に伝える力をつける」ということであった。作家が戸倉上山田に実際に来られ、美術を通して生徒と交流してもらった。具体的には、夏休みの三日間、横浜の画家・鈴木貴美子さんが来校し、「地面を描く」と題して細長い紙に鉛筆などで、地面の模様を描くいうワークショップを行った。15名程の生徒が自主参加し、暑い中黙々と制作をした。そのときの作品や生徒の表情を鈴木さんが撮影した写真は、10月の「とがび」において校内に展示された。その他にも、本田博通さんによる4組生徒全員参加の名前一筆書きなどの作家と生徒の共同制作も行われた。
いよいよ10月。生徒手作りのポスターやチラシ配りを行い、できる限りの宣伝活動を行った。そして8日、前日準備。東山魁夷と池田満寿夫を展示する1組と2組の担当学芸員は、ワゴン車で借りてきた衝立パネル40枚と鉄棒を、3階の教室まで何度も往復して運んだ。重い物や危険な物、貴重な物を友達と協力しながら丁寧に運ぶという体験は、こういった活動だからこそできる。友と苦労や満足感を共有した準備だった。
9日とがび第1日目。台風22号と新人戦。入場者数がどこまで伸びるか心配だった。しかし、午前8時の開門と同時に地元の人が押しかけ、初日に480人が見に来てくださった。ごったがえす校内が本当に美術館に変身したその光景は圧巻であった。七色の毛糸を教室内、校内、校外に縛ったり巻いたりしていった門脇篤さんの「中学校に虹をかけよう」は空間を暖かく演出した。教室を動物園にみたて、来場者にも動物を描いていってもらう佐々木啓成さんの「とがび創造動物園」は、その昔、荒砥城祉に動物園があったという話から始まったもの。発泡スチロールで作られた巨大なピンホールカメラは圓井義典さんの作品。実際の中に人間が入ることができるサイズで、中には外の景色が美しく映し出されており、カメラの不思議さを体験できる仕組みになっていた。その他、和紙の暖かさを引き出す吉岡伸行さんの照明オブジェや、中学生が、今抱える問題を音や写真映像を交え、中学生のパフォーマンスという形で表現したナカムラユミさんなど、魅力的でこの場ならではの作品が学校にあふれた。入場者の方は、東山魁夷などとはまた違った表現に触れる機会となったようである。
とがびから3ヶ月後の2005年1月8日から1月25日まで、長野県信濃美術館にて「学校が美術館になった日〜とがびプロジェクトまとめ展〜」が行われた。シンポジウム「とがびをふりかえって」(2005/1/13 13:00-15:00長野県信濃美術館講堂)も行われた。
(4)まとめ
台風が直撃したことが逆に功を奏し、とがびに参加できないと思われた生徒が急遽参加できることになるなどハプニングもあった。生徒は学期間休業がなくなり疲れた様子であったが、自分達のキッズ学芸員としての活動が様々な場所で評価されるのを聞き、十分自信を持ったようである。私は、この取り組みやせっかくの作家とのつながりをうまく続けていけたらと考えている。
今回の取り組みを通じ、美術を通した学校という場での発表も楽しいものだと、地域や生徒、保護者も感じたことを実感した。
3 第二回戸倉上山田びじゅつ中学校2005
(1)中学生が作家を選び交渉する
第一回とがびプロジェクト終了後、生徒に感想を聞くと、「面白かった」生徒と「つまらなかった」生徒が半々であることがわかった。つまらなかった理由はすぐわかった。自分が呼びたい作家ではない作家と協働しなけらばならなかったからである。このことから、第二回とがびプロジェクトは、生徒が呼びたい作家に参加交渉し、一緒に作品作りと展示を行うということをコンセプトに活動を開始したのである。生徒自身が呼びたい作家に手紙を書き、交渉した。すんなり参加を許可してくださる作家もいれば、断る作家もいた。返事すら来ないこともあった。しかし、生徒は、断りの返事が来たことにも感動して喜んでいた。自分達で作家に交渉するという活動は、生徒達の意欲を高め、どんな学校活動よりも積極的に活動する原動力になっていたと思う。
昨年度の「地域の方との交流が少なかった」「お客さんをもっと呼びたい」という反省をもとに、今年度新たに取り組んだ活動がある。「キッズ学芸員によるギャラリートークツアー」である。長野県信濃美術館学芸員の方々の協力とご指導により実現した活動。「キッズ学芸員によるギャラリートークツアー」は、文字通り、キッズ学芸員が、作品を説明しながら校内を案内する活動であり、訪れた方々から「よく説明できている」と好評であった。
6月、活動が開始した。生徒は、いろいろなメディアを使い、気に入った作家を捜していった。イラストレーター、画家、彫刻家など、見つけては手紙を書く仕事をしていったが、中には断られ、返事すらも来ないこともあった。夏休み中は、自分たちが担当する作家からメールで届いた指示に従い、戸倉上山田温泉の取材に出かけたり、美術館を訪れたりと、活動が本格化していった。どの生徒も、飽きたり、投げ出すことはなかった。
昨年不評であった、「校内地図が見にくく、迷ってしまった」という点を反省して、長野市内のデザイン事務所にガイドマップの制作をお願いすることになった。デザイン事務所の方が来校され、生徒と語る中で、デザインの仕事についてお聞きする場面もあった。また、鑑賞者に対し、校内展示を「キッズ学芸員」が説明しながら案内していく「ギャラリートークツアー」の練習も授業の中で行っていった。長野県信濃美術館の学芸員の方々が、ギャラリートークで大切なことなどを教えてくれて、多くのことを学んだようであった。開館日が近づき、放課後居残って作家からの作品作りを続ける生徒、作品の中に使う綿をもらうために、近所の方から譲ってもらったと誇らしげに語る生徒。一人一人に、とがびまでのドラマが生まれていったようである。
そして、いよいよ10月8日、「とがびプロジェクト2005」の開館日である。京都から参加してくださった作家の作品があまりに美しく、感動的であるということを、担当キッズ学芸員が口々に語っていた。「すごいんだよ。とにかく。先生も早く見に来てよ」昨夜遅くまで準備に苦労していた生徒達である。その顔は、早く多くの人に作品を見て感動してもらいたいとう輝きに満ちていた。「このプロジェクトをやって、良かったな」と私自身も満足した瞬間である。写真家の方の作品の展示場所へ行った。校内のいろいろな場所にピンホールカメラが設置してあり、それを覗くと美しい風景が映し出されるというもの。その作品の紹介をするにあたって、キッズ学芸員は、「ハイテンションコース」と「ノーマルコース」の2つを作りだし、お客さんの希望にあわせて案内するというやり方で人気を博していた。
伝えたいものがあり、伝えてほしい相手がいることで、子ども達は、なんと発想力豊かに活動するのだろうと感心してしまった。中学生のコミュニケーション力が低下しているなんて、いったい誰が言っているのだろう。戸倉上山田中学校の中学生は、こんなにも豊かだ。
(2)まとめ
ある保護者は、会期終了後、私にこう言った。「今まで美術に興味がないようだったうちの娘が、とがびに参加して、夜も寝ずに作品作りをしていた。美術を好きになるきっかけを与えてもらいました」この言葉に私自身、とても勇気づけられたように思った。確実に届いているものは届いている。とがびの感想用紙で、有名イラストレーターの担当キッズ学芸員は、「入場者の方で、作品を見て涙を流している人がいました。2度3度と繰り返し見に来てくれる人もいました。本当にやって良かったです。」と書いている。自分たちの活動が、どれだけ周りの人に影響を与え、評価されたかを実感している様子である。
また、連続して参加をしてくださった作家において、展示作品撤収が全て終了した後、長い時間生徒と語り合い、中には名残惜しく抱き合っている作家と生徒もいた。期間は終了したが、作家から生徒へ手紙が届き、その度、生徒は「やってよかったなあ。来年もやろうね」と言っている。
この活動で、生徒にどんな変化が見られたか、どんな力が身に付いたかなど考えることは拙速であろう。少なくとも言えることは、あの2日間で経験した美術やアートによる夢のような瞬間は、いつまでも思い出に残り、話のたびに「すごい物を見た」という話の種になるだろうということである。コミュニケーション能力について語るとすれば、コミュニケーションのスキルよりも、人間として話したい事柄を多く持っているということが大事で、特に誰もが経験したわけではない、自分だけのとっておきの経験が重要なのではないかと思う。今回のとがびの活動で、とっておきの経験と、活動への不特定多数の方の反応と評価が得られたことは、子ども達が外へとアクションを起こしていくきっかけになっていくのではないだろうか。その経験が力となり、変動の多いこれからの時代を、豊かに切り開いていってくれることを期待してやまない。
4 第三回戸倉上山田びじゅつ中学校2006
(1)中学3年生のキッズ学芸員
3回目のとがびプロジェクト。今回は、アサヒアートフェスティバル2006の企画に選ばれ、社会的に認知され始め、内容も大きく飛躍することができた。ホームページとブログによる情報発信が始まり、解説年間で10万件のアクセスを数えている。また、キッズ学芸員によるポスター作りやパンフレット作りを、プロのデザイナーが協力してくれ、本格的な情報宣伝活動を行うことができた。プロの仕事に触れる良い機会を得ることができた。協賛金により、参加作家の宿泊費に充てることができ、より充実した制作準備活動を行うことが可能になった。
キッズ学芸員達は、中学3年生になった。3回目を迎え、明らかにキッズ学芸員の意識は大きく成長した。過去二回のとがびを経験し、作家を選んで交渉して作品制作を進めていくという過程を、生徒はしっかり理解している印象を受けた。
(2)とがび2006活動の記録
年度当初の第一回とがび会議(総合的な学習の時間での会議)では、今年の目標を考えた。「2000人以上のお客さんを呼びたい」「もっともっと面白い作品を作家さんと協力して作り上げたい」様々な目標が上げられてきた。そこで、私は、「くじ引きで作家のジャンルと戸倉上山田のキーワードを決めよう。」生徒は意表をつかれた表情をしていたが、「作品ジャンルが重なったり、偏ると結局はとがびのお客さんが増えないだろう。また、戸倉上山田に関係のないテーマで作品作りをしても、お客さんにとっては意味がなく、同じようにお客さんが増えないのではないか。」と、くじ引きの意味を説明したのである。生徒は皆理解してくれた。そして、実際にくじ引きを行い、自分達が交渉する作家の表現ジャンルと戸倉上山田に関するキーワードを決めてみた。「映像+花火」「写真+天狗」「彫刻+温泉」などというような、奇想天外な組み合わせが生まれ、生徒は当然戸惑っていた。私は生徒に「このくじ引き結果をそのまま続けても良いし、キーワードまたは作家ジャンルどちらかを自分達で変更してもいいよ。」と言った。こうして、いつもとちょっと違う「とがびアートプロジェクト2006」はスタートした。
(3)地域へ広がるとがびの活動
もっと多くの地元の方々にとがびに来てほしい。そういった生徒の願いから、新しい活動がいくつか始まった。もっと年配の方々に美術の楽しさを知ってもらおう、という願いのもと、信州大学教育学部教授・木村仁先生と一緒に、千曲市社会福祉協議会の紹介で集った地元の年配の方々による「千曲川・万葉プロジェクト」。まずキッズ学芸員は、木村先生から直接鋳造の方法と拓本技法を伝授された。実際に作家から教えられることで、高度な技法や材料の扱いも集中して覚えているようである。そして、いよいよ千曲市総合観光センターに参加者が集い、キッズ学芸員自身が説明を行って、ワークショップを行うことができた。生徒が進行するワークショップは3回を数え、作品作りに参加者は歓声を上げていた。
「油絵と戸倉上山田をどうやって結びつければいいか。」油絵担当になり、悩んでいた女子キッズ学芸員グループのところに、美大で油絵を学んでいる杉山早紀さんから、是非協力したいという手紙が届いた。その手紙には、次のように書いてあった。「戸倉の街には絶滅危惧種の節分草という花が咲くということをインターネットで知りました。節分草は、3年に一回だけ節分の時期に咲くそうで、とても珍しい花です。油絵ではないのですが、インスタレーションで、この小さいけれど美しく咲く花をキッズ学芸員の皆さんと表現してみたいです。」地元に生活しながら生徒自身全く知らなかった節分草の存在。キッズ学芸員達は、地域の植物インストラクターの方をお呼びし、節分草についてレクチャーを受けた。プロジェクト名「ちいさな花プロジェクト」。プロジェクトの中で、生徒自信が地域をより知るということが可能になったのである。
「絶対、今年のとがびではコスプレをしたい。」と、とがびを選択してくれた女子グループ。その願いを叶えてくれたのは、写真学校で写真を学んでいる白幡敦弘さん。彼は自らの写真作品でコスプレをした異様な主人公を撮っている。中学生が思い思いのコスプレをし、日頃見慣れた戸倉上山田の地に同化する「同化プロジェクト」はこうして始まった。キッズ学芸員が家族でよく行くというイタリアンレストラン、上山田で最も古い歴史のある上山田ホテル、生徒が毎日登校で利用する巡回バス、校舎内などアートならではの特別なシチュエーションで地域に出てみるという新鮮な経験をすることができた。日頃の風景とは違った感覚を生徒は感じたのではないだろうか。
東山魁夷担当キッズ学芸員5名は、東山魁夷と戸倉上山田を結びつけるため、「kaii de リゾート」という企画を自ら立てた。三年前、お借りした絵を展示することだけで精一杯であった彼らが、東山作品の新たな鑑賞方法を中学生が提案したのである。東山魁夷の絵(印刷物)を戸倉上山田の地に持ち出し、東山作品をもっと楽しく、美しく鑑賞していただくための戸倉上山田の場所と時間を提案しようという企画である。この企画提案に、信濃美術館の学芸員さんも大変喜ばれ、好評であった。
キッズ学芸員が提案した東山魁夷鑑賞リゾート地は、10カ所程度になった。千曲川のほとり、上山田小学校の大木の下、キティパークのなだらかな斜面、荒砥城の展望台など、地元に生活しているからこそ発見できる見事な「リゾート地」であった。当日の作品展示では、例年通り、教室を真っ暗にして東山作品を展示したが、作品の隣には、リゾート地で実際に東山作品を鑑賞しているキッズ学芸員の写真も展示した。「本当は、温泉バスを貸し切って、実際にお客さんをリゾート地まで連れて行きたかったなあ。」展示を終えて、キッズ学芸員が語った言葉に、彼らの成長を感じることができる。「とがび」は、彼らの心に現在進行形のまま残っているのだろう。
その他、キッズ学芸員と作家との作品を紹介したい。廃棄処分される予定のイスや机にカラースプレーで着色し、教室内に積み上げた「元色」。プロのグラフィティーアーティスト・ロボさんとキッズ学芸員が、夏休み中から作業を続け、色と形で戸倉上山田の「元気」を表現した。
3回目の参加の写真家・圓井義典さんとキッズ学芸員による「カメラ星人調査隊」。理科室内が真っ暗なピンホールカメラと化し、外の風景がビーカーや試験管の中に映像として取り込まれてしまう摩訶不思議な作品。鑑賞者からの驚きの声が後を絶たなかった。
もりやゆきさんとキッズ学芸員による「雨は泡に溶けて闇に混ざる」は、キッズ学芸員の「暗闇に生える作品を是非お願いします。」という要望に応え、暗室で水と泡を使った作品。小部屋の中に設置された装置の周りには、キッズ学芸員が千曲川で拾ってきた小石が天井からぶる下げられたり、床に並べられたりしている。何本も垂直に立てられた透明のホースの中には水が入っており、ポンプを押すと、おびただしい数の泡が「ボコボコ」とホースの中を昇っていく。幻想的で、千曲川を水中から見上げているような印象の美しい作品。キッズ学芸員は、作品鑑賞の方法を事細かく説明していた。
戸倉上山田地区と言えば、なんと言っても「温泉」である。彫刻と温泉を結びつけたのが、彫刻家・三木サチコ氏による「みきの湯プロジェクト」である。学校内に、彫刻を使っていかに温泉を表現するのか?校内で最も見晴らしが良く、山並みが窓から見渡すことができる三階の教室を選んだ理由は、「銭湯の富士山と同じ状況」だからだそうだ。三木氏のFRP作品は、全て全裸の人間がモチーフであり、どこかほのぼのとした表情で、まさに温泉に入ってリラックスしている姿にも見える。実際の温泉に置いている物を写真撮影し、それを壁面に並べ、彫刻作品の子どもが遊んでいる。お湯はないが、戸倉上山田温泉の新しさはないが懐かしく親しみを感じる風景が表現されていた。
「お城を造ってみたい」というお城マニアの生徒を中心とするグループは、レゴアーティスト・塩川岳氏と「キャッスルプロジェクト」を行った。地元のお城として親しまれている荒砥城。実際には存在しなかった天守閣をレゴとお菓子の箱で美しく作り上げた。キッズ学芸員は、材料から徐々に作り出される作品制作を全て手伝い、自分達のアイデアも取り入れて頂くなど、まさに共同制作をする経験ができた。
仙台在住作家・門脇篤氏とキッズ学芸員が取り組んだテーマは「温泉花火大会」を作品に表現するというもの。門脇氏の作品に必ず登場する毛糸をバスケットケースに入れ、中庭で生徒の録音した花火の音と一緒に毛糸のナイヤガラを華やかに落下させるという作品。生徒の願いを美しく実現してくださった作品である。
(4)まとめ
「中学生が、自分の作品について説明できていることに驚いた。」来場された方々からこのような驚きの声を聞かされた。一緒に展示作業など手伝ってくださった信濃美術館学芸員の方からは、「一年生の時、全く展示作業ができなかったのに、3年生になったら、自分たちどんどんやっていて感激しました。」3年間続けて活動してきた積み重ねは、明らかに成長となって人々の目に映っていた。ある作家の方は、「生徒さん達の想像力やコミュニケーション能力が飛躍的に育っていることがわかる。」とおっしゃっていた。このような評価の声や、お褒めの声が、とがびプロジェクトでは直接生徒に届くことが素晴らしいと考えている。いかに美術やアートを通して生徒が充実感や達成感を味わい、直接評価を受けるようにするのか、ということが「とがびアートプロジェクト」の最大のねらいであることを考えると、この3年間の活動で目標やねらいに対し、充分成果を上げたと考えたい。
5 まとめ 〜美術館や作家、地域との連携により生徒が変わった
3年間とがびプロジェクトを選択し、主に東山魁夷班のリーダーとして活躍した男子生徒が、以下のような言葉をブログ上に掲載した。彼にとっての「とがび」は何だったのだろうか。
僕は「とがび」で「美楽」(びがく)を学んだと思います。
ブログでもちょこっと書いたんですが、恥ずかしながら、元々は美術にほとんどと言って良い程興味がありませんでした。小学校の図工の授業でもただ単純に写生するだけでしたし、しかも担任の先生には「ここは、こんな風には見えないんじゃないか?」といって注意された事もあって、あまり美術(図工)に関していい思い出もありませんでした。
でも、中学に来て「とがび」を体験してみると、作家さん方の自由な表現にとても驚き、衝撃を受けました。それまでは「美術」と言えば、「写実的な絵を描いたりする事」みたいなイメージがあったので、自分の中で「美術」の定義が変わったと思います。まぁ、それと重なって1年の頃は色々あったので、それをきっかけに哲学的なものにも目覚めました。
そうして、自分で考えたことを自然に美術で表現する様になってきて、遂には「とがび2006」で人に作品を観てもらえる嬉しさや楽しさを知りました。(「暗闇美術館」でもその嬉しさを知る事が出来ました)
自分のつくった作品を「とがび」で不特定多数の方々に見てもらう事によって「表現の大切さ・楽しさ」をそして、美術を「やらされる」のではなく、自分から[自分をもっと表現をしたい]という「美術を楽しむ気持ち・心」をこの三年間で学ばせていただいたのかなぁと思います。
以上の事を何故学べたかというのは、1つは勿論「とがび」を実現させてくれた中平先生や戸上中のお陰だと思います。
そして、二つ目は「とがびという環境そのものが存在したから」だと思います。
「とがび」に展示する=作品を学校外の様々な人に見てもらう事ができる。と明確にわかっていたので、「見る人」の事を考えながら、更に作品を通して伝えたい事等をしっかり考えて作品を創ることができたんだと思います。これは僕の勝手な予想ですが、美術をつまらないという人は、「絵が上手くないから」とか「面倒だから」「作らされている感じがあるから」という理由は良くあるのかもしれませんが、一番は「作品を創る意味」が分からないからだと思います。
僕は「世間や様々な人にメッセージを伝えるもの」と、自分が「作品を創る意味」を「とがび」を通じて知る事ができたから、美術が好きになったのかなぁと思っています。
とがびの価値を、上記の言葉が全て表してくれていると思う。「アートファンを増やしたい」このキーワードから「とがびプロジェクト」が始まり、多くの美術関係者の方々の協力を得ながら、3年間を終えることが出来た。生徒だけでなく、一般の方々にも美術に興味を持ってもらえたらいいなあと考えていたが、上記のような生徒の言葉に接すると、本当にとがびをやって良かったと感じることができる。100の言葉を重ねるよりも、面白い経験や出会いをすることの方が大切であるという教育の原点に、私自身が触れることができたように思う。
この3年間の活動を支えてくださった千曲市立戸倉上山田中学校の柳澤哲前校長先生(現坂城町教育長)、笠原忠照校長先生、3学年職員の皆様、学校職員の皆様、そして長野県信濃美術館・松本猛館長さん他職員の皆様に心より感謝申し上げます。皆様のご理解とご協力により、3年間の活動が実り多い物になったと思っております。ありがとうございました。