「とがび2006」で都梨恵さんの作品「七色風船夢景色」を校庭から飛ばす

 

中平千尋の美術教育
教育エッセイ

 

「私の履歴書」

1966年12月7日生まれ今年39歳。出身地は、長野県下伊那郡松川町上片桐。 実家が文房具屋で、父親が水墨がコレクターであった影響で、紙をふんだんに使って絵画教育がほどこされた。
小学校時は、漫画家になることが夢で、講談社新人漫画大賞などに応募したが、いまだに返事が来ない。
小学校、中学校は漫画と野球に熱中していた。
中学校の時、レコードジャケットのロシアアバンギャルド風デザインに強烈なインパクトを受け、絵画表現の雰囲気が写実派から一気にアバンギャルドへと向かう。その勢いで高校生になり美術を選択してどんな課題もアバンギャルドにやっていたら先生に怒られた。
ある時、高校で何を書いてもいい、という絵画の授業があったので、テニスコートにピンクの豚が2匹遊んでいる絵を描いたら高校美術教師に「おまえは俺を馬鹿にしているのか」といわれ、私は反動から、美大へ行くことを決意。
2浪して武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科へ入学。卒業後、なんとか新宿にあるデザイン会社に入社。自分でなくてもできる仕事が多かったので一年で退社。
帰郷し、通信教育で中学校美術免許を取るために勉強を始める。なぜ教師になろうとしたのか。一つは、教師になると、自分しかできないおもしろい仕事ができる予感がしたこと。もう一つは、大学へ行っても見つからなかった美術教育を自分で作ってやろうと思ったから。
免許は一年で取れたが、採用試験には2年目で合格。初任地は、長野県稲荷山養護学校という肢体不自由学校。手など思い通りにうごかせられない子どもに、どうやって美術のおもしろさを伝えるのか? 長く観察しているといろいろ発見できた。例えば何も興味を待たないような子どもでも、水には興味を示したり、靴が並べられていることに興味を示したりする。人間にはなにか必ず興味を持つ対象がある ことの発見。そこから現代美術との共通点を発見し、美術からアートというものへ変遷していく。
養護学校での学びを諏訪の中学校で実践してみた。これが本当に美術なのかと疑わしくなるような実践が続いたが、今の私の原動力なっていることは事実である。五感での作品作りや、暗闇の教室内で「がっこうの怪談」という課題で作ったおばけの作品を懐中電灯で鑑賞する実践。それが戸倉上山田中で今年4年目になる「暗闇美術館」の原型であった。
戸倉上山田中に赴任して「鑑賞学習から始まり、3段階に教材を構成する3年間のカリキュラム」を考案し今も実践している。自由に発想し、自由に制作することができるように、素材体験や技法、鑑賞学習など行い、自由ゆえの苦しさや楽しさを味わって卒業させるカリキュラムである。ここで重視していることは、鑑賞である。一年にルネサンスから始まり3年には現代美術で終わる段階的にすすむ鑑賞授業。この授業は、たとえば「モンドリアンでマドリアン」という授業のように、鑑賞と制作が結合しているよう工夫してある。楽しみながら鑑賞し、応用して制作するということである。このカリキュラムは、「中平スパイラル(Nスパイラル)」と勝手に銘々し、同じ内容を、長野県信濃美術館で毎月行われる「やねうら美術館講座」で行っている。こちらは毎月30名ほどの受講者がある。鑑賞と制作が一体にならないと、美術教育はできないとかんがえている。その延長線上に「とがびプロジェクト」がある。部活やいわゆる主要五教科に重きがおかれがちな中学校を、二日間だけ美術で占領したら、楽しい だろうなあという思いが出発点である。将来は、学校行事、地域行事になれたらうれしいと思っている。

 


今、そして未来に必要とされる美術教育とは
〜美術教育は何を育てることができるのか〜
2006.11.12

 「いじめ」「自殺」という文字が新聞やメディアに毎日躍っている。メディアをにぎわせているのは最近のことであるが、学校現場では昔から問題視され、論じられてきた古くて新しい問題である。昨夜は、有名タレントなどが学校教育について様々な議論を交わしている番組を見た。中学生を含む日本人が、みんな「わがまま」で「無責任」になってきているという論調に、美術教師として不安感を抱いた。というのも、私自身「個性ある表現重視」の美術教育に携わり、生徒の「個性」を伸ばそうと、美術教育に力を注いでいる立場に立っているので、あたかも現状を作り出している要因が「美術教育」や「個性化教育」にあるのではないのか、という議論になりそうで冷や冷やしながら番組を見ているのである。
 実際、図工美術教育は、「個性」の名のもとに、「誰でもない自分自身の表現をしなさい」とか「人と違うことが個性なのだ」「誰とも違う発想ができることが素晴らしい」というようなメッセージを生徒に伝えてしまっているのは事実である。誤解を承知で言うと、昔の美術教育は、そうであった(個性中心主義)ように私は思う。私が中学校時代に受けた美術の授業で、お互いの作品を見合うとか、感想を言い合うという場面は全く記憶に残っていない。多分、ひたすら何か作品を作り続けていた授業だったのだろう。しかし、今は、「鑑賞教育」が盛んになってきており、自分以外の作者の作品を見ましょうとか、友だちの作品を見て感想を発表しあおう、とかいう場を教育現場に意図的に作り出しており、「自分一人で作品を作ることができればいいのだ」という教育をする教師は減ってきている。
 では、現状を考えた上で、今どんな美術教育が必要なのだろうか。上記のテレビ番組で、男性タレントが、「今の若者や子どもには我慢が足りない」と言い、他の出演者は「集団生活も必要だ。そういう教育をする学校が増えてほしい」と語っていた。これをそのまま鵜呑みにすると、美術教育は、どちらかというと自分で好きな方向をみつけていく教科であり、我慢もさせず、また個人を追究する教科であるので、テレビ上で望まれている方向と、全く逆のベクトルを持っている教科と言わざるを得ない。私は、最近のテレビを見ていて、いつか誰かが「美術教育が世の中や子どもを悪くしているんじゃないか」「美術教育はなくなってもいいんじゃないか」と言い出すんじゃないかと、はらはらしているのである。誰かが言い出してもおかしくあるまい。
 さて、ではもう一度、「今どんな美術教育が必要なのか」を考えてみよう。私は、次のように考える。中学生もそうなのだが、人間にとって最も難しい課題は、「我慢」ではなく、「自由にやっていい」という課題であると考えている。「自由」ということが一番難しいテーマではないだろうか。特に中学生は、誰かが決められたことや、すでに答えが決まっていることに対しては、目標をたてやすくがんばることができる。数学や国語、英語は誰かがみつけた答えを、誰かが決めたやり方で解いていくいってみればゲームだ。しかし、美術は、自分で目標を決め、自分でやり方を決めて進んでいくしかない。自分の行為の責任は全て自分にある。言ってみれば将来誰もが体験しなければならない「自由」の苦しさ楽しさを体験できる教科が美術なのである。そういった意味で、美術教育が現代も、未来も意味ある教科として生き残っていくとしたら、私は、「自由」を苦しみながら楽しめる教育である、「自由」を教える教科であるという方向以外ないと思う。
 しかし、それだけでは、「個人中心主義」そのままである。そこで、美術教育の視野を広める大切な要素が「鑑賞教育」というキーワードである。鑑賞教育で大事なことは、「みる=みられる=みせる」というサイクルである。「見られる」ことにより自分の作品をよく「見る」ようになる。「見せる」という行為により、自分とは違う他者を「見る」ようになる。そしてまた自分を「見る」ようになるのではないだろうか。それを実現するには、常に作品作りが、誰かに見せるという要素を取り込んでいなければならず、更に、より多くの不特定多数の方々に作品を発表していくという要素が入ってくることが必要となる。この状況がいかに美術教育にとって有効であるかは、とがびプロジェクトで実証されていると私は考える。逆に、自分自身や他者、不特定多数による鑑賞が意図的に組み込まれていない美術教育は、もしかすると個人中心主義を助長する教育であると言わざるを得ないのではないか。
 私は、過去の優れた芸術作品が作家個人とは関係なく出現したとは考えていない。自分自身を深く追究せずに天才達が残した作品であるとも考えていない。しかし、美術そのものと、教育の一環である美術教育とを分けるとしたら、そういうところなのではないだろうかと考え、提案したいのである。また、美術教育の可能性を、現代の殺伐とした学校を取り巻く雰囲気について一矢を投じたいと思い、この文章を書いた。
 とがびプロジェクトの3年生選択美術作品は、一見表現方法や技術が稚拙に見えるかもしれない。しかし、彼らや彼女達は、「戸倉上山田」というテーマのみ与えられ、全く「自由」に発想し、自分で作品の目標を決めているのである。しかも、どの作品も鑑賞者を意識し、自分の伝えたいことを、どうやったら伝えられるのかを工夫して表現している作品ばかりである。よくぞここまで自分で決めて制作したなあと私は驚くばかりである。「自由」の楽しさや苦しさを体験させ、でも「自由」は楽しいと感じさせるのは、3年間の長いスパンの必修授業での繰り返しの学習が必要である。それが一つ成果としてとがびでは現れているのではないかと私は感じている。今、そしてこれから必要とされる美術教育とは一体どんな教育か・・・・・・。私は、「自由」と「鑑賞」にヒントがあると思っている。
 

 

 

 

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