さくらびアートプロジェクト2010

さくらびアートプロジェクト
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2011年01月13日

社会と連携し、美術を通して子どもを育てる

1. 「あの時に戻りたい」
「さくらびは、とても楽しくて最高の時間でした。できれば、もう一度あの時に戻りたいです。」さくらびアートプロジェクト(平成22年10月24日開催)の翌日に参加生徒が書いた感想文である。「あの時」、生徒に何が起きたのだろうか。
 およそ半年間の準備活動の中で、長野県内外のクリエーターと共同しコミュニケーションをとり、開催日には自ら作品解説を不特定多数に対して行うことにより、子ども自身が自らの成長を自覚できるような「あの時」が確実に存在したのだろう。学校アートプロジェクトを通し、生徒に一体何が起きたのか、社会と美術教育が連携することによる可能性を、いくつかの事例から考察してみたい。


2. さくらびアートプロジェクト2010
「さくらびアートプロジェクト」は、私が前任校・戸倉上山田中学校で実践した「とがびアートプロジェクト」をもとに、櫻ヶ岡中学校で3年前から始めた学校アートプロジェクトである。今回で3回目の「さくらびアートプロジェクト」は、今年「ありえない!」をテーマに、平成22年10月24日一日のみ開催された。会場は長野市立櫻ヶ岡中学校の200番校舎と500番校舎。3年生38名を中心に活動をした。当日の総入場者数は500人。
第一回目の2008年度と2009年度は選択美術が存在したため3学年選択美術受講生徒と美術部中心に活動したが、本年度からは選択美術がなくなり、「もうさくらびは行うことができないだろう」と思っていた。しかし、3学年総合的な学習の時間を実験的に講座制で行うことが決められたため、幸運にも第三回目を行うことができた。
今年のさくらびアートプロジェクト2010は、講座制の中の一講座であったが、生徒の希望アンケートでは全生徒190名中、170名が希望するという大変な競争率で、その中からアトランダムに38名が選ばれた。生徒の希望理由は「昨年のさくらびを見ておもしろそうだったから」「作家と共同制作してみたい」というものが多かった。「めんどくさい事よりも楽にできること」を選びがちな中学生が「おもしろいから」さくらびを希望するという点が興味深い。また、「外部の協力者と一緒に活動してみたい」という希望が多いことも注目できる。なにか、おもしろいことがアートプロジェクトではできそうだ、という期待を中学生は持っているということがわかり、活動のモチベーションの一つとなっていることがわかる。

今年度のさくらびアートプロジェクトには3年総合的な学習の時間を受講した38名の生徒と、長野県内外の共同制作者が参加した。共同制作者は、神奈川在住作家・平野治朗さん、東京都在住彫刻家・神林學さん、と武蔵野美術大学の油絵科や映像科の学生さん達。長野県内では、建築家・縣孝二さん、グラフィックデザイナー・太田伸幸さん、善光寺周辺の蔵を改装するなどリノベーションの騎手と注目されている宮本圭さん率いる建築家集団ボンクラのみなさん、信州大学繊維学部学生集団「オンデマンドリメイク」、同じく信州大学工学部の建築系学生集団「hacila」、信州大学教育学部有志の学生さん、などである。
アートプロジェクトなのに、いわゆる美術系やアート系の芸術家などは少ない。これは、芸術系の協力者が呼びかけに反応してくれないということもあるが、現在の長野県内の「元気の良い」クリエーターは、美術系ではなく建築や工学系であるということも関係しているようである。こうして13チームが活動を開始した。


3. 大人が中学生の企画実現のためにサポートする
社会や地域との連携、中学生と作家のコラボレーションと言うと、中学生が大人の手伝いをさせられることが多い。しかし、さくらびアートプロジェクトでは、中学生の考えたアイデアや企画「やってみたいこと」を、大人がサポートするというプロジェクトである。こうすることによって、中学生自身が自分の作品であるという自覚を持つだろうし、自分の考えた作品が大人の協力によって数段レベルの高いものとして実現すれば、できるだけたくさんの人に見せて楽しんで欲しいという気持ちに繋がるはずである。協力者である大人に期待することは、自分の作品を作ることではなく、中学生の作品を一緒に悩みながら、葛藤しながら共に考えて作って欲しいということである。
「アイデアがでなくて困ったとき協力者がアイデアを出してくれて助かった。大人ってすごいと思った」。「自分たちがやったことが人に喜ばれた。喜ばれると嬉しいです」事後の生徒の感想である。キャリア教育という言葉が新しく教育現場に登場している。自分の活動を将来の職業と結びつけて考えている生徒にとっては、職業の楽しさをも感じたようである。


4. 「見られる・見せる」による子どもの育ち
社会と連携することの最大の良さは何か。それは「見られることによる自覚」だと思う。初めて会う協力者という大人に対して、自分のやりたいことを説明するということは、そこに後にはひけない責任があるとともに、自分を自分で語らなければならない。作品を展示して会ったこともない不特定多数の人に見せるということは、「自分は何がやりたかったのか」という思考に繰り返し立ち戻る。
今回のさくらびアートプロジェクトでは、時間数が非常に厳しかった(月一回の授業。全部で7回)ため、作品制作で精一杯であり、美術館などでの作品解説実習は全く行えなかった。しかし、蓋を開けてみると開催日には生徒達は「キッズ学芸員」としてよく作品を解説しており、大好評であった。その理由は、半年間という時間で共同制作者と語り合う中で学んだ力が発揮されたのだろうし、語りたくなるエピソードに満ちていたのではないかと考えられる。
多くの方に見られることにより成長し、コンセプチュアルな作品「ノゾキアナ」を展示した男子4名のエピソードを紹介したい。彼らは、2学年の時、選択美術を受講し、放課後の校舎内に作品を展示する「暗闇美術館」では、男子トイレに男性器を模した巨大オブジェを出品した。作品が完成間近になった頃、私は生徒達に「もうちょっとリアルな色をつけたらどう?」とアドバイスをした。すると生徒は「たくさんのお客さんが来るのに、それは良くないと思う。先生が間違っている」と言った。その時、私は「生徒が自分自身でブレーキの踏み方を覚えた」と思った。
その男子が今回のさくらびを受講し共同制作者と完成させたのが「ノゾキアナ」である。「僕たちは去年の自分を卒業したんです」と彼らは自慢げに語っている。


5. まとめ~社会に中学生の良い話題を発信したい~
「アートは、自分の感情を伝える役割がある」「アートは人を笑顔にするもの」「アートは心を癒す」など、さくらびアートプロジェクトを行った後、生徒が書いた感想には、アートや美術に対して肯定的な意見が100%書かれている。
また、来場者の感想にも「笑い疲れた」「中学生からパワーをもらった」「文化祭のような予定調和ではない生の中学生パワーを感じた」と、肯定的である。ある来場者は、「中学生がここまで言葉を駆使して社会人としてのマナーを持ちながら語ることに驚いた」とも言っている。

アートプロジェクトは、一つの教育的なパターンであるとか形式としてとらえるのではなく、地域へ中学生の良い情報を発信する役割があるということを忘れてはならないと思う。「連携」は主従関係ではなくお互いに参加した人全てが幸せになることが目的なのだ。学校や中学生、美術だけが幸せになれば良いというものでは決してない。そういった方向を間違わなければ、最終的に美術教育で中学生を、地域や社会と連携して育て、地域の文化をも育てていくことができると考える。

最後に、さくらびアートプロジェクトを支える中学生パワーの源流は何かを考えてみたい。やってみたい企画を考え、共同制作者を説得し、丸一日掛けて作品を設置、翌日は不特定多数の人に自分たちの作品を解説したパワーは、一体どこから生まれたのか。それは、「こだわりのある自由」から生まれたと私は考える。中途半端に教師が限定したり、「予定調和的」に方向を決め出したりせず、思いっきり自分たちでやりたいことをやらせ、生徒に任せたこと。そこから「こだわりのある自由」が生まれた、と私自身が気づいた。

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